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渋谷系用語辞典-


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アキシブ系[AKISHIBU-KEI] <ムーブメント/ジャンル>
アキシブ系とは、00年代中期頃から使われだした用語。"アキバ(秋葉原)系"+"シブヤ(渋谷)系"が融合し生まれた音楽を指す語。"アキバ"が象徴するアニメやアイドルなどのオタク文化的要素を、渋谷系が取り込んだ音楽、もしくはその逆のアプローチによって生まれた音楽。なお、この語は、
"渋谷系"と同じく、人により解釈が異なるので、使用時には注意が必要。2007年9月21日には、Dimitri From Paris「Neko Mimi Mode」(アニメ「月詠」OPテーマ)、パール兄弟「明日はたぶん大丈夫」(アニメ「N・H・Kにようこそ!」挿入歌)などを収録したコンピ『AKSB 〜これがアキシブ系だ!〜』(ビクター)がリリースとなっている。
関連→
ネオ渋谷系 / フューチャーポップ
■アシッドジャズ[ACID JAZZ] <ムーブメント/ジャンル>
90年代初頭にイギリスで生まれた"踊れるジャズ"、もしくは"ジャズで踊る"こと。このジャンルでありムーブメントは流行都市トーキョーにも輸入され、渋谷系の一種として消費された。日本では、モンド・グロッソ、
ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼーションらがその代表的存在。
■アニエスベー[agnes b.] <ファッションブランド>
1975年、フランスにてアニエス・トゥルーヴレが創設したブランドの名称。1983年12月1日、合弁会社"アニエスべーサンライズ"が設立、1984年に東京青山で第一号店を開店し、以後日本にてブランド展開を開始。フリッパーズ・ギターが衣装として着用したことで知られる。雑誌『オリーブ』1990年7月18号には、デビュー前の比企真理(のちの
カヒミ・カリィ)がアニエスベーのカーディガンなどを着用したスナップショットが掲載されている。また、雑誌『パチパチ』1991年3月号には、"bgnes b."とのロゴが入ったまわしを着用したフリッパーズ・ギターの力士コスプレ写真が掲載されている。一般的には、1992年から1994年頃に国内で盛り上がったフレンチカジュアル・ファッションの代表的ブランドとして流行。
■アノラック[ANORACK] <ムーブメント/ジャンル>
1986年、スコットランドのグラスゴーを中心に盛り上がったギターポップ・ムーブメント。当時、シーン全体を覆っていた退廃的なムードに抗してキャッチーなメロディの音楽を演奏していた彼ら、その一群にいたバンドのひとつであったパステルズなどがよく着用していたアノラックパーカーから名づけられたといわれる。バンド、ファンジン、レーベルなどを自ら制作・運営していた彼らのDIY精神は日本にも伝わり、その志を継承する代表的存在としてチロリアンテープやサニチャーの吉野桃子が挙げられる。
荒木陽路美[ARAKI HIROMI] <人名>
池袋WAVE〜WAVEクアトロ店の店員であり、
クッキーシーンなどでライターとしても活躍。HMVの太田浩とともに、大型CDショップの店頭から渋谷系の原型を形作ったといっても過言ではない重要人物。また、1994年頃からクアトロ店でスウェーデン産ポップスを大プッシュ、日本でのスウェディッシュ・ポップのブームのトリガーとなった。1997年ごろには、インディ・レーベル"*harmony label"を始動し、celeste、acid house kingsなどの音源をリリース。また、フリーペーパー「ビスケット・シーン」も発行。
■アンダーフラワー・レコーズ[UNDER FROWER RECORDS] <レーベル>
田中謙次が1991年にイベント"Under Flower Night!"を開催したことを契機に始動したギターポップ系レーベル。1992年9月15日にZeppet Store、N.G.Three、ザ・クルーシャルズ、Sunshower、Sunny Side Upらが参加したレーベル第1弾となるコンピレーションアルバム
『Flowers Flavor』をリリース。以降、N.G.Three、ショートカット・ミフィー、ラヴ・ラヴ・ストロー、ザ・クルーシャルズ、ポータブル・サウンド・スター、エレベーター・アクションなどの音源をリリース。レーベル内レーベルとして、1993年にはネオアコ/アノラック色の濃いレーベル"PUSHBIKE"を、1994年には比較的日本語詞を駆使するバンドの多い"GIANT-ROBOT RECORDS"を、2003年にはパンク色の強い"NO-WONDER! RECORDS"を設立。
INNOCENCE & PEPPERMINTS <音盤>
フレデリックの片岡健一が企画したコンピレーション・アルバム、1991年8月23日エピック・ソニーよりリリース。マーブル・ハンモックブリッジルーフメイベルズロッテン・ハッツフィリップスフレデリックらが参加。ネオアコ、モッズ、アメリカン・ロックなどの諸要素が日本人なりに消化され、それが"渋谷系"の名の元に形成されていく前段階の蠢動を聴いてとれる重要作品。
■WAVE渋谷クアトロ店 <店舗>
1993年開店した西武系CDチェーン店の渋谷進出2号店(1店目は渋谷ロフト館)。荒木陽路美による独自の売り場展開で、HMV渋谷とともに渋谷系の大きな基盤をつくった。1997年2月23日閉店。
■WAVE渋谷ロフト館 <店舗>
西武系CDチェーン店の渋谷進出1号店(2店目は渋谷クアトロ店)。渋谷ロフト1階(のち4階に)にあり、六本木WAVEよりもより流行りモノを中心とした品揃えであった。ここで勤務していた松永耕一(スマーフ男組)はのちタワーレコード渋谷店に。2005年8月10日閉店。
■裏小泉[URAKOIZUMI] <書籍>
1992年、ワニブックスより刊行。小泉今日子の『宝島』(JICC)誌上での連載「K-iD」(1990年〜1992年)と、小泉のツアー・パンフレット3年分(1989、1990、1991年)をまとめた書籍。企画・構成・編集をウディ川勝こと川勝正幸が手がけ、デザイナーとして安斎肇、コンテムポラリー・プロダクション、坂本志保、マイク・スミス、ヘア・メイクに朝倉弘一(ASA-CHANG)、中野明海らが参加。
フリッパーズ・ギター、岡崎京子、平ヶ倉良枝(ヨシエ)藤原ヒロシ、中川比佐子、チエコ・ビューティ、根本敬、スケシン、いとうせいこう、甲田美也子などなどの面々も参加。のちの渋谷系に繋がるオシャレ・サブカルチャーの貴重な記録。
■英国音楽[EIKOKU ONGAKU] <ファンジン>
80年代中頃から89年まで発行され、のちに『
米国音楽』に発展するファンジンの名称。元々は、青山学院大学内に存在したサークル"英国音楽愛好会"(1984年頃創設、1987年頃消滅)が発行していた会報誌であったが、小出亜佐子の手によりより趣味性の高いファンジンに発展。1988年夏発行の第11号付録のソノシート『Happy Extreme』に、バチェラーズロリポップ・ソニックペニー・アーケードの音源を収録。1989年春発行の第12号(最終号)では、小山田圭悟と小沢健二が直筆で音盤を紹介、付録ソノシート『Whistlin' Smilin'』にはロリポップ・ソニックフレデリックなどの音源を収録。
■LBネイション[L.B. NATION] <団体>
1989ごろ、TAKE-1ことタケイグッドマン[武井良仁]と
スチャダラパーのシンコらによって組織された"LITTLE BIRD"が発展したゆるやかなヒップホップ集団。スチャダラパーTokyo No.1 Soul Set、The Cartoons、トンペイズ(かせきさいだぁ在籍)、四街道ネイチャー脱線3ナオヒロック&スズキスムースキミドリらにより構成される。スチャダラパーのアルバム『ポテン・ヒッツ〜シングル・コレクション〜』には、LBネイションとしての1993年4月8日渋谷ON AIRでの「Little Bird Strut」ライヴ音源を収録している。下北沢のクラブZOO(のちスリッツ)にて毎月第2土曜に"LBまつり"を開催、1996年7月14日には日比谷野外音楽堂にて"大LB夏まつり"を開催している。
■太田浩[OTA HIROSHI] <人名>
元HMVマーチャンダイザー。HMV渋谷店が1990年11月に国内第1号店をオープンするにあたり、邦楽売り場を担当。90年代初頭までの渋谷は輸入盤屋の勢力が強かったこともあり洋楽ファンにアピールできる品揃え、洋楽に近い邦楽を"SHIBUYA RECOMENDATION"として売り場で展開。この動きはHMV渋谷店だけでなく、タワーレコード渋谷店なども巻き込み、渋谷を中心とした独自の音楽シーンが生まれ、これがのちに渋谷系と称されるようになった。1996年6月末HMV赤坂本社への転勤のため渋谷を去るが、同年7月26日には彼の旅立ちを記念し渋谷Electric Cafeにて"太田ナイト"が開催され、その実況録音は自主制作レコードとしてもリリースされている。のちHMVを退社、2004年にはタワーレコードに入社、bounce.comの人気コーナー「月刊太田・ダンディ食堂」で、
小山田圭吾カジヒデキカヒミ・カリィヴィーナス・ペーターらとも対談している。
■大塚幸代(大塚ゆきよ/大塚ユキヲ)[OTSUKA YUKIYO] <人名>
ライター。1972年埼玉生まれ。高校時代より、ミニコミ製作にかかわり、バンド取材ものミニコミ『赤茄子』などに参加。学生時代の1991年7月、中沢明子とともにフリッパーズ・ギターのファンジン『FAKE』を創刊。詩集『God and Me』、フリーペーパー『FAKE HEADS PRESS』。1995年頃より、フリーペーパー『日々の凧あげ通信』発行(1999年よりネットに移行)。ファンジン
『FAKE』が当時『クイック・ジャパン』(太田出版)の編集長だった赤田祐一の目にとまり、1996年より編集にかかわる。1996年3月に発行された『前略 小沢健二様』(太田出版)には、1991年7月のオンエアー渋谷にてのフリッパーズ・ギターのライヴ前に大塚らが『FAKE』を手渡してからの縁となる牧村憲一と彼女らとの対談が収録されている。『クイック・ジャパン』37号(2001年6月発売号)、38号(同年8月発売号)での連載「ノー・モア・フリッパーズ・ギター!」を休止した2001年8月末をもって『クイック・ジャパン』の編集を離れフリーライターに。それからしばらく経ったあとの『クイック・ジャパン』40号(2001年12月発売号)にて、ニューヨークまで小沢健二を追跡する記事を担当している。2005年には、tetrapletrap-F(川島蹴太)が作詞作曲プロデュースを手がけ、大塚がボーカルを担当したクラムチャウダー・テトラプル・ジャックのシングル「インスタント・ワールズエンド」を@niftyのイベント"BBフェスタ"で無料配布、コアな人気を博している。
■小田島等[ODAJIMA HITOSHI] <人名>
デザイナー、イラストレーター。1972年生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。1995年より、Floppy Disco Designを始動。
サニーデイ・サービス(『東京』『愛と笑いの夜』『24時』など)、青山陽一(「最後はヌード」など)、エレクトリック・グラス・バルーン(『e is for electric』など)、マグースイム(「ヤング・フォークス」など)、バブルバス(『ヒトトキカイ』など)、イノトモ(『グレイプ・フルウツ』など)、ワールド・スタンダード(『COUNTRY GAZETTE』など)、ハッピーズ(『都会のハッピーズ』など)などのCDジャケットを手がける。コミック集に『無 FOR SALE』(晶文社)がある。また、マグースイムの細野しんいちと音楽ユニット、BEST MUSICでも活動している。


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